9月10日|DAY 10 愛

生命を撮り、歌い、語り、祈り、
人が表現できる場所を残す。

― 山中順子・aama|30日間の言葉 ―

DAY 10|愛

姿が見えなくなっても、
愛は、生き方の中に残る。

昨日、
「悲しみ」について書きました。

深く愛したから、
深く悲しい。

ならば、
悲しみの奥には
それだけ大きな愛があったということ。

私はそう思っています。

愛とは、
一緒にいることだけではないのかもしれません。

一緒に笑ったこと。

喧嘩したこと。

食卓を囲んだこと。

何気なく交わした言葉。

心配したこと。

支えたこと。

手を握ったこと。

「また明日」と言ったこと。

その時には何でもなかった一日が、
あとになって、
かけがえのない時間だったと気づくことがあります。

そして、
大切な人の姿が見えなくなっても、

その人から受け取ったものまで
なくなるわけではありません。

言葉が残る。

思い出が残る。

写真が残る。

歌が残る。

癖まで残る。

そして何より、

その人を愛したことで変わった
「自分」が残ります。

誰かを愛したことで
優しくなれた自分。

守るものを知った自分。

生命の尊さを知った自分。

別れを知ったからこそ、
今日という一日を
大切にしようと思える自分。

それもまた、
愛が残してくれたものなのだと思います。

私は、
生命を撮り、歌い、語り、祈り、
残していきたいと言っています。

それは、
失わないためではありません。

いつか形あるものは
変わっていくからこそ、

「確かに愛した」ことを
未来へ渡していきたい。

写真を一枚残すことも。

歌を一曲残すことも。

誰かに「ありがとう」と伝えることも。

今日、一緒にご飯を食べることも。

すべて、
愛を生きることなのかもしれません。

愛は、
大きなことだけではありません。

今日、
大切な人に声をかける。

会えるなら、会う。

伝えられるなら、伝える。

そして、
もう会えない人には、
心の中で話しかける。

愛した生命は、
あなたの中で生き続けている。

だから私は今日も、
受け取った愛を使って生きていきたい。

あなたが、
大切な人から受け取って、
今も自分の中に残っているものは何ですか?

そして今日、

誰に「ありがとう」を伝えますか。

明日は、

DAY 11|記録

なぜ写真や言葉を残すのか。
「記録は未来への手紙」ということについて書きます。

山中順子|aama