
生命を撮り、歌い、語り、祈り、
人が表現できる場所を残す。
― 山中順子・aama|30日間の言葉 ―
DAY 04|100歳
100歳の手と、0歳の手。
100年を生きてきた生命と、
生まれたばかりの生命。
その二つの手が、
ひとつにつながる。
私は長年、
奄美で100歳を超える方々を
撮り続けてきました。
その手を見ていると、
「100年」という時間は、
数字ではないのだと思います。
土に触れた日。
働いた日。
家族のために食事をつくった日。
誰かの手を握った日。
大切な人を見送った日。
戦争や時代の変化を越え、
喜びも悲しみも抱えながら、
今日まで生命をつないできた手。
その手に、
生まれたばかりの
小さな手が触れる。
まだ何も知らない0歳と、
100年を生きてきた100歳。
その間には、
100年という歳月があります。
けれど、
手と手が触れた瞬間、
100年という時間が
ひとつになる。
私はそこに、
「生命は、自分一人で始まったものではない」
ということを見るのです。
父がいて、
母がいて、
そのまた父と母がいて。
数えきれない生命がつながって、
今の私たちがいる。
そして私たちもまた、
次の生命へ何かを手渡していく。
名前かもしれない。
記憶かもしれない。
文化かもしれない。
生き方かもしれない。
優しさかもしれない。
祈りかもしれない。
100歳の手から、
0歳の手へ。
生命は、生命へ手渡されていく。
私が写真に残したいものは、
まさに、こういう瞬間なのだと思います。
長く生きることだけが
大切なのではありません。
受け取った生命を、
どう生きて、
何を次へ渡すのか。
100歳の方々を撮りながら、
私は何度もそのことを
教えていただきました。
今日の私たちも、
生命の長い物語の途中にいます。
あなたは、
これまでの生命から何を受け取りましたか?
そして、
次の生命へ、
何を手渡したいですか?
明日は、
DAY 05|島
生命を包み、
何世代もの人々を見守ってきた
自然と島について書きます。
山中順子|aama
